建設業界では、資材価格の高騰、人手不足による労務費の上昇、そして働き方改革による工期の制約など、元請・下請問わず、経営環境は厳しさを増しています。
こうした状況下で、特に中小・小規模の事業者が、大企業との取引においてコスト増加分を適正に価格転嫁できず、不当に利益を圧迫されるケースが問題視されてきました。
これまでも、建設業法や下請法といった法律が存在しましたが、これらの既存法ではカバーしきれなかった「適正な価格転嫁と協議の促進」を強力に推し進めるため、現行の下請法を改正して2026年1月1日から「中小受託取引適正化法」(通称:取適法)が施行される予定です。
参考までに、12月施行となった改正建設業法については以下のブログで要点を解説しております。

今回は取適法について、建設業者様向けにこの法律で何が変わるのか、具体的にどのような対策が必要となるかについて、解説します。
1. 取適法とは?目的と適用対象
中小受託取引適正化法は、正式には「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」といい、
①サプライチェーン全体での付加価値向上
②中小事業者の持続的な成長を支援すること
を目的としています。
この法律の最大の特徴は、「委託事業者」が「中小受託事業者」に対して業務を委託する取引を規制対象としている点です。
(1) 委託事業者(主に規制対象となる元請側)
主に資本金3億円超の大企業や、これに準ずる事業者が該当します。建設業においては、中小受託事業者(下請)に対して業務を委託する元請企業がこれに該当することが多いでしょう。この事業者が、コスト増に関する価格協議の義務を負います。
(2) 中小受託事業者(主に保護対象となる下請側)
主に資本金3億円以下の中小企業や小規模事業者が該当します。建設業においては、元請から工事を受託する下請企業が該当します。この事業者が、法律により保護され、価格協議を申し入れる権利を持ちます。
建設業法や下請法は取引全般を規制しますが、取適法は「大企業(委託事業者)が中小企業(中小受託事業者)に委託する取引」に特化して、特に価格協議と転嫁に関する義務を課す点が新しく、かつ強力です。
2. 取適法が定める「委託事業者」の主要な義務
取適法は、委託事業者に対して従来の法律にはなかった、あるいは曖昧だった義務を明確に課しています。
建設業者が最も注意すべきは、以下の3点です。
義務1:価格協議・転嫁の義務
原材料費、エネルギーコスト、労務費などのコストが上昇し、その価格変動が中小受託事業者(下請)の適正な利益を損なう恐れがある場合、委託事業者は中小受託事業者と価格の決定、または変更について協議し、その結果を踏まえた対価を支払う努力義務を負います。
この「協議」は形式的なものであってはならず、真摯かつ建設的な対応が求められます。
協議に応じない、または合理的な根拠なく一方的に低い価格を据え置く行為は、法律違反となる可能性があります。
義務2:書面交付義務の徹底
業務委託を行う際には、契約内容、支払い条件、対価の額、支払い期日など、取引に関する重要な事項を記載した書面(契約書や発注書)を直ちに交付する義務が強化されます。
これは下請法でも定められていますが、取適法ではより厳格な運用が求められます。
義務3:支払期日の設定・履行
委託事業者は、中小受託事業者から提供された業務の受領日から起算して、可能な限り短い期間内で支払い期日を定める必要があります。
また、委託事業者の責に帰すべき事由により、受領や検査が遅れた場合も、支払い期日は受領が完了したとみなされる日から起算される点に注意が必要です。
3. 建設業者が特に注意すべき「禁止行為」
取適法では、下請法の禁止行為と重複する部分もありますが、特に「不当な経済上の利益の提供要請」に関する規制が厳しくなります。
禁止行為1:不当なやり直し・減額
- 不当に低い対価の設定: 通常支払われるべき対価と比較して、著しく低い対価で発注する行為は禁止されます。
- 不当なコストの転嫁: 元請の都合による不必要な仕様変更、不当な工期短縮、または元請の責任による手戻りについて、そのコストを中小受託事業者に一方的に負担させる行為は禁止されます。
禁止行為2:不当な経済上の利益提供要請
委託事業者は、取引上の地位を利用して、協賛金、リベート、協力金の提供や、元請側の社員の研修費用を中小受託事業者に負担させるなど、不当に経済上の利益提供を要請することが禁止されます。
これは、建設業界における慣習的な費用負担のあり方を見直すきっかけとなる可能性があり、元請企業は特に過去の取引慣行が法令に抵触しないか、厳しくチェックする必要があります。
4. 建設業法・下請法との関係と実務上の対策
(1) 法律間の関係性
| 法律名 | 主な適用対象 | 主な規制内容 | 取適法の位置づけ |
|---|---|---|---|
| 建設業法 | 建設工事の請負契約全般 | 適正な施工、一括下請の禁止、主任技術者の配置など | 業界固有のルール |
| 下請法 | 事業者間の取引(取引の内容、資本金規模で判断) | 書面交付義務、支払期日、受領拒否・減額などの禁止行為 | 不当な取引全般の規制 |
| 取適法 | 委託事業者が中小受託事業者に委託する取引 | 価格協議・転嫁の義務(新規)、書面交付、支払い適正化 | 価格決定プロセスに踏み込む |
取適法は、特に価格決定の場面で、下請法以上に委託事業者(元請側)に積極的な行動(協議)を求めるものであり、建設業法とは目的が異なります。
(2) 建設業者が今すぐ講じるべき対策
① 元請業者(委託事業者)の対策
- 価格変動リスクの契約への反映:
- 契約時、将来の資材・労務費上昇を見越したエスカレーション条項(価格スライド条項)を積極的に盛り込み、中小受託事業者とのリスク分担を明確化する。
- 協議する体制の確立と記録:
- 中小受託事業者からの価格協議の申し入れがあった場合、必ず担当者、日時、協議内容、最終的な決定に至った理由を記録(議事録など)として残す体制を構築する。
- 「協議に応じたが、価格転嫁しなかった」場合、なぜ転嫁できなかったのかという合理的な理由を説明できるように準備する。
- 支払サイクルの見直し:
- 下請法、取適法の求める最短期間内での支払いを実現するため、社内の検収・経理プロセスを短期化する。
② 下請業者(中小受託事業者)の対策
- 権利の認識と積極的な申し入れ:
- 価格変動があった場合、元請に価格協議を求めることは取適法で認められた権利であることを認識し、躊躇せずに申し入れを行う。
- 証拠の整備・保存:
- 原材料の仕入れ価格が上昇した際の請求書、見積書、公的な物価指数など、コスト上昇を示す客観的な証拠をすべて整理し、協議時に提示できるように準備する。
- 取引記録の保持:
- 不当な減額ややり直しを要請された場合は、その日時、担当者、具体的な内容を詳細に記録する。
5. まとめ:取適法への対応は「コストの適正化」への道
中小受託取引適正化法は、委託事業者にとっては「協議の負担増」と思われるかもしれません。
しかし、これは一時的な負担ではなく、業界の持続可能性を高めるために必要な投資と考えるべきです。
中小受託事業者が適正な利益を確保できれば、品質の維持・向上、そして安定的な労働力の確保につながり、結果として元請にとっても安定した事業基盤となります。
法律の施行は目前に迫っていますが、この機会に契約書の見直し、価格協議マニュアルの作成、そして社内教育を徹底して行うことをお勧めします。
当事務所では建設業支援に力を入れております。
お困りのことがありましたら、お気軽にご連絡ください。
